Cランク 木曽御嶽山

日 程・2026年8月2日(日)晴、3日(月)霧/曇り、4日(火)晴

参加者・計3名

1日目:千葉6:24(快速)-東京7:03/20(北陸新幹線 かがやき503号)-長野8:37/9:01(特しなの6号)-木曽福島10:30/40(村営バス)-御岳ロープウェイ鹿ノ瀬駅11:46/12:15(ロープウェイ)-飯森高原駅12:28/13:05…七合目行場山荘13:12…八合目(女人堂小屋[2480m])14:25 (泊)
2日目:八合目4:30…石室山荘5:56/6:22…黒沢十字路6:33…剣が峰[3067m]7:01/22…二ノ池山荘7:48/55…石室山荘8:11/36…八合目・女人堂小屋9:24/58…七合目10:32…飯森高原駅10:41/48(ロープウェイ)-鹿ノ瀬10:59/11:55(村営バス)-木曽福島12:58/13:40…いわや館14:05(泊)
3日目:木曽福島8:55-奈良井9:17(奈良井宿散策)/13:26-塩尻13:56(解散)

■講という形で古代から信仰の山であった百名山の御嶽山。活火山としては富士山に次ぐ標高3067mの標高を誇る信州木曽と飛騨高山の境に聳える巨大な独立峰である。12年前9月の噴火災害以降始めての会山行となる。災害から12年経過し、噴火警戒レベル1をここ2年間維持しているため最高標高点(剣ヶ峰)ピークハントとすると共に、木曽谷に佇む日本最大の宿場町である中山道奈良井宿散策を絡めて実施。
[1日目]長野駅で北陸新幹線から中央西線名古屋行きに乗り換え木曽福島駅に10:30着。慌ただしく木曽町営バスに乗り一時間ほど揺られ、おんたけロープウェイ山麓駅へ。ロープウェイ15分で標高2150mの高森高原駅。ここから現在のメインルート「黒沢口ルート」がはじまる。もう一つのメインルート「田の原ルート」は爆裂口に近接していたため凡そ8割の方がそこで犠牲となった。黒沢口ルートは爆裂口から剣ヶ峰を挟んで反対側に位置し、石室山荘や女人堂などの小屋が適度な間隔で、配置されていることもあり現在最も安全に登攀できる。初日は飯森高原駅から1時間半程の8合目女人堂小屋に泊まる。ガスが山頂方向に広がり始めたのでそそくさと夕闇の中、霊神碑越しに頂をカメラに収める。布団やトイレが清潔で小屋番さんの応対も細い所に気がきく素敵な小屋である。
[2日目]午後から雨模様との予報をうけ、早立ち4時半に小屋を出発。総じて歩きやすい整備された登山道の随所に講の霊神碑が配置され信仰の山を実感。高低差400mの急登を登り詰め、9合目石室山荘で朝飯を摂る。ガスは晴れず眺望は望むべくもないが、田の原側、二の池方面を分ける黒沢十字路に至ると俄に風が強まり、爆裂口方向からの硫黄臭(硫化水素や二酸化硫黄)が流れてくるのが感じられた。視界を閉ざすガスの中、ほぼコースタイム通りに最高三角点、剣ヶ峰に至る。直下には厚いコンクリート壁の蓄電機能を有するシェルターが複数設置されていた。二の池方面へ廻り込んでみたが爆裂災害前は青い水面を称えていた池は火山灰に覆い尽くされていた。秩父から登拝に訪れていた講の団体と列をなしながらピストンで下山。途中休息した石室山荘ではご主人から爆裂時の凄まじい体験を伺うことができた。火山の恐ろしさとともに、その恩恵にあずかるという微妙なバランスの上に登山活動が成り立っていることを再認識できる機会となった。早めに福島の宿に投宿し温泉で汗を流してゆったりと談話して過ごした。
[3日目]太平洋に注ぐ木曽川と日本海に至る千曲川の分水嶺・鳥居峠を越えて奈良井宿を目指す予定であったがリーダーの大チョンボ(スマホを木曽福島駅に置き忘れる)のせいで奈良井宿の散策のみとなってしまった。奈良井は全長1kmに及ぶ日本一長い宿場町である。千本格子や出梁造り(だしばりづくり)の美しい町屋が今も残る。江戸時代にタイムスリップしたかと錯覚するほどの雰囲気を醸し出す宿場は青空の強い陽ざしを和らげる佇まいであった。

御嶽講との邂逅から一句: 噴気隠す霊山に/安寧祈る/講の列   (記 H.T)

01_御嶽剣が峰にて
02_7合目霊神碑越しに御嶽剣が峰の夕景
03_剣が峰 強固シェルターに囚人収容?
04_奈良井宿から鳥居峠を遠望